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Diary

Barや日常で気になったことを気ままに書いています。



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2013年11月29日(金)
アルバイト(3)

今思うと、ちょっと珍しい仕事。

「バイク屋」

大学生になりたての頃、バイクの免許を取り、バイクへの憧れがあり、バイク屋でアルバイトしたことがありました。

しかし、元々バイクの仕組みもわかっていなかった私には本当に何も分からず仕事をしていた気がします。
仕事の内容としては、バイク自体の販売ではなく、パーツやバイク用品の販売の担当でした。パーツは機種によって、使えたり使えなかったり。
バイクの改造を自分でする人にとって、物凄く専門的で、すごく苦労をした記憶があります。

この職場では、つくばのレース場に連れていってもらったり、オフロードバイク場でオフロードに乗らせてもらったり、いい経験をさせていただきました。
結局、バイクは2年くらいしか乗らなかったし、バイトも1年足らずで辞めてしまったのですが。

多分この時、この仕事がこれから自分がやっていく仕事ではないと感じたのかもしれません。

仕事には、向き不向きがあると思います。でも、当時はそんな事を考えるより何をやりたいかわからないで、仕事を選んでいたように思います。
ここでは、人には向いていない仕事もあると気づかせてくれた仕事だったように思います。

また、仕事には最低限覚えなくてはならないことがあり、それを覚えないと仕事にならないのだとわかりました。

今思うと、よくわからないのに仕事をして、よくお金を頂いていたものだと恥ずかしくと思います。

2013年11月22日(金)
辻堂ちょい呑みフェスティバル

11月20日(水)と21日(木)に、「辻堂ちょい呑みフェスティバル」が開催されました。

気になっていたけど、なかなか行けなかったお店などに入るのに良いきっかけになった方も多いのではないでしょうか?

辻堂には、隠れた名店がたくさんあると思います。でも、お店が常連さんで埋まっているとなかなか入りにくいですよね。
そう思っていた方には、このイベントは良かったでしょう。

反対に、お店の人間からすると、テラスモールが出来て、辻堂が変わってきているのになかなか地元呑みの人間が増えないでいたのが、お店の紹介として良い機会だったと思います。
当店も、初めての方がたくさんみえました。

これから、辻堂で呑む人が増えて、街が盛り上がっていけばいいなと思います。お店としても、お客様の期待に応えられるように、精進していきたいと思います。

最後に、実行委員の方々、本当にご苦労様でした。準備にいろいろと大変だったと思いますが、たくさんの人が満足された良いイベントだったと思います。

2013年11月19日(火)
アルバイト(2)

また、アルバイトの経験の話をしたいと思います。

今回は、「新聞配達」です。

高校を卒業して、浪人生に決定した私は、すぐに上京。確か、3月1日が卒業式で、3月16日に上京したように思います。

この頃、まだ世の中はバブルの時代。
自分が何をやりたいかはわからないけれど、無限の可能性があるような気がした東京は、憧れの町でした。

もちろん、浪人生活を普通にできるほど、うちには余裕がなかったので、親に迷惑をかけないで、浪人できる方法を考えた結果、決めたのが、新聞奨学生の道でした。新聞配達をしながら、予備校に通うという道です。

その頃、予備校というのも全盛期だったように思います。「予備校ブギ」というドラマもありましたし。
ちなみに、上京した時の月9が「東京ラブストーリー」でした。
最終回は、東京で。

憧れの東京。新聞屋さんは、港区高輪にある日経新聞の専売所。
予備校は、代々木ゼミナールの本校。
バリバリ都会に憧れた少年には、最高の環境でした。

仕事は、朝刊、夕刊の配達と集金。生活は、朝刊の配達をして、予備校へ行って、夕刊配って、軽く一眠りをしてから、受験勉強。
そして、月末に近づくと、集金業務を夕刊の後にやっていました。

私が、配っていたエリアは、白金台の目黒通り周辺で、高級住宅地でした。田舎者の私には、白金って町も知らなくて、外車ばかりが停まっている住宅地を見て、「東京の人は、みんな外車に乗っているんやな」と思っていました。
今考えれば、高級住宅地だから外車が多かったのだとわかるのですが。

また、このエリアは、坂が多く、自転車で配達はものすごく大変でした。初めて雨に降られたときは、正直泣きそうになりました。
また、今でも覚えているのですが、2月1日に大雪が降り、普段の朝刊が2時間半かけて配るのですが、それが倍の5時間かかったのを覚えています。
雪のため、自転車は走ってくれず、自転車を押しながら配ったあの日は、本当に大変でした。

集金業務は、いかに効率よく回るかが大事で、回れるときにできるだけ一気に回るようにしていました。それでもなかなか捕まらない人がいたりして、時間を変えてみたり、日曜日に出かけたりしました。

話し好きで、行くと何十分も返してくれない奥様もいらっしゃいましたが、基本的には、会えればすぐに払ってもらえました。
あと、年末の集金の時に、いつもご苦労様と言って、新聞代以外に、一万円のチップをくださった家もありました。このあたりが、バブルだったのかな?

そんなこんなで、苦しい一年間でしたが、大学に合格してからは、新聞配達は辞めて、他のいろいろなアルバイトを経験しました。
それについては、また今度。

東京での暮らしが、高輪で始まり、そして、一人暮らしも長くなりました。

今でも、あの時間は貴重で、いい思い出になっています。

2013年11月15日(金)
辻堂ちょい呑みフェスティバル

11月20日(水)と21日(木)は、辻堂で初めてのちょい呑みフェスティバルが開催されます。
当店も参加します。
当日、ドリンクは専用メニューよりオーダーしてください。

初めてですので、どのような流れになるのか不安です。

辻堂のお店を開拓するのにいい機会。お気に入りのお店が見つかるといいですね。

2013年11月9日(土)
アルバイト(1)

これまでに、いろいろな仕事をしてきました。
ご存知のとおり、元々は不動産屋です。

それでも、学生時代にはいろいろなアルバイトを経験しました。
その仕事が今の仕事に生かされているかどうかはわかりませんが、私の人間形成の一部にはなっている気がします。

そこで、これから何回かそのアルバイトについて書いていこうと思います。

今回は、私が初めてアルバイトした仕事です。

『缶詰工場』

こちらは、高校生の夏休みにやったアルバイトです。もしかしたら、学校ではアルバイトは禁止されていたのかもしれませんが、初めて働いてお金をもらいました。

工場の名前とか忘れてしまいましたが、地元の亀山駅の近くにあった工場です。主に小豆缶を作っていました。私の仕事は、製造日の印刷がちゃんとできているかといった検品と梱包のような仕事だったと思います。
すいませんが、このあたり25年くらい前の話で、記憶は曖昧です。

時給としては、600円くらいだったと思います。職場には、中学時代の同級生も何人かアルバイトしていて、楽しかった思い出があります。

今思えば、缶詰工場で働いたことがあったなと薄っすら記憶に残っているだけです。

ここで稼いだお金は、その当時やっていたギターに使ったように思いますが、この記憶も残念ながら曖昧です。

世の中には色んな仕事があります。
その中で選ぶ仕事って、何かの縁で結ばれているのでしょうか?
振り返ると、ちょっと不思議な気持ちになります。

2013年11月4日(月)
第8回湘南国際マラソン

今年も湘南マラソンを走ってきました。

今年はサブフォーを目指してかなり走り込みをしたつもりです。

でも、残念ながら達成ならず。
記録を狙うばかり、楽しみ切ることが出来なかったです。
次回は、もっと楽しみたいですね。

記録は次の通り。
スタートまで 8:36
10キロ地点 1:05:53(ラップ56:27)
20キロ地点 2:00:53(ラップ55:50)
30キロ地点 2:59:18(ラップ58:25)
40キロ地点 3:58:26(ラップ59:08)
ゴール 4:12:05

それでも、今年は歩かず、すべて完走。自己ベスト。

今度走るのは、1月の藤沢市民マラソンの10マイル。こちらは楽しく走ろうと思います。

今回も沿道で応援される方に、パワーをたくさんいただきました。
本当にありがとうございます。

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